3月11日に思うこと
2012年 03月 11日
これが意外と手につかない。
洗濯機を3回も回して
掃除をして台所を磨いて、
不要な衣類をまとめたりしていた。
東日本大震災から一年。
死者1万5854人、行方不明者3155人、避難者34万3935人
(うち福島から県外避難している人6万3000人)、失業者12万人。
2011年3月11日に、かけがえのない命とともに
日本は崩壊してしまったんだ。
昨日から社会的な「死」を感じている。
家族も大切な人たちも生きている
家も仕事もあるのに、
この絶望感、喪失感は何だろう。
東京にいるにもかかわらず。
いや、東京に暮らしているからか?
東北に心を寄せた一年だった。
原発についても考え続けた。
私自身、変わったことがいくつかある。
友達と別れるとき「また会おうね」という言葉を
心を込めて言うようになったのは、そのひとつ。
さまざまな追悼行事やイベントのお誘いもあったが
ひとりで静かに過ごしたいからと断った。
昨晩は誰かと飲みながら語りたい気分になり、
そのことを後悔していた。
「3.11」と記号化することには疑問がある。
三寒四温を繰り返す3月11日。
庭にある桃のつぼみが膨らむ3月11日。
卒業する子どもや学生たちの
希望に満ちた笑顔がまぶしい3月11日だ。
寒さが厳しい東北でも、日に日に水が温む
3月に起きた大震災だった。
日本における終戦記念日が、蝉しぐれの記憶と重なるように
東日本大震災は、春兆す中に楔を打ち込んだ。

あとで玄関に飾る花を買いに出かけよう。
明日からまた気持ちよく暮らせるように。
なんとか光の方を向いて生きていきたい。

